語り
ここは、えみりんのひとりごとのページです。
このページは、トップダウン方式になっており、
原則として一番新しいページは、ファイルの最後に追加されていきます。
一番新しい文章はこちらです。
文章の無断転載はご遠慮ください。
敬称略のこと
このサイトの中では、基本的に芸能人、作家、F1ドライバーの方々の
敬称を略させていただいております。何でわざわざそんなことをココに書いているかと言うと、
『内海光司がバッカでさー、』とか『しっかりしろ!赤坂晃』とか書きながら、
我ながら失礼だなー、と思っているからです。
じゃあ、やめろよ!・・・てカンジですけれども、私には私なりに思うところも
あるものですから、ちょっとそれについて書こう、と思ったわけです。
そもそもえみりんは、高校生の頃、フツーに作家さんたちのことを呼び捨てに
しておりました。ま、当時ですと、『新井素子がさー』とか『大原まりこ』がさー
とかなんですけれども、その頃友人に、『あんたはそんなにエライのか』といわれまして、
『ふむ』とは、思ったわけですね。だって、その頃は親のすねかじりだったし、
自分で買って読んでいたわけでもないしね。で、『モトコさん』とか『カヲルさん』
とか呼ぶようになっていたんでございます。(今思うとこれもケッコウなれなれしいな)
そんなふうにして、大学を卒業する頃、『鎧伝サムライトルーパー』なるものに
ハマったのですよ。あの作品は、大変に声優人気を集めた作品で、第二次(一次は知らんが)
の声優ブームを起こしたんです。ご多分にもれず、わたしもハマリました。
旗揚げ公演とか行ったもんなぁ、NG5。アイドルだったよ、あのヒトたち。
ところが、この時点になって、ビミョーなコトに気がついたのですね。
このメンバーが誰かというと、草尾毅、西村智博、佐々木望、中村大樹、竹村拓の5名の声優サンたちだったわけなのですが、
今名前を聞けば『ああ』と思うこの方々も、当時はカケダシで(竹村氏を除く)草尾毅(“SLUM DUNK”の花道、“少女革命ウテナ”の西園寺さま他)とか、
佐々木望(“AKIRA”の鉄雄“幽遊白書”の幽介“エールガイツ”のハルさま)
(われながら、スラスラ役名も作品名も出てくるのが恐ろしいわ)なんて、二十歳くらいでほとんどデヴュー作みたいなものだったんですが、
そこへ持ってきて、誰も予期しなかったような爆発的な人気でしょ。とまどったろうと思うんですよ。あんな風に愛されることに
誰も慣れてたりするものじゃないと思います。ステージとかに出てきても、凄く戸惑っていたりとか、
そのうちグレて来ちゃったんですよね。・・・で、声優界と同人界っていう限られた狭い世界で、
変な身内意識みたいなのを(こちらが一方的になのだけれど)持ち始めてしまって。
5人揃うと必ず誰かが変な顔しているんですよ。無愛想だったり、不機嫌だったり、本人達も、
『声優が本業で、こっちは遊び』みたいなことをTVの密着番組(なんてのが出来るくらいの人気だったのだ、このサイトに来てる方々が、
『ガラ十』にはまっていた頃えみりんはこんなのやっていたんですな)でも、言っちゃってたりして。・・・でこういうのって
ほんとはスゴク、プロ意識に欠けていると思うんだけれども、わかった気になっちゃっているもんだから、
『佐々木さんて気難しいヒトだからぁ・・・』とか『西村さんナイーブだから、傷ついてんだよ』とか、
知ったような顔して、評価に手心を加え始めた。と同時に、1人の演技者として、失礼だよなぁ・・・とも。
『ファンが甘やかしてどうするんじゃ。』と思うようになって来たんです。ほんとうに、その方々に今後長く活躍していってほしいと思うのであれば、
ファンこそが、厳しくてもその時々に応じて適切な批評を加えなければならないのではないか。
なぜなら、ファンだけが、チケットをもらって行くんでもない、
評論文を書いてお金をもらうために見に行くんでもない、
自腹を切ってそのヒトを見に行きたいから行く。
つまらないモノを見せられた時に、一番に怒る権利だってあるハズだからです。
そうして、自分の気持ちを丹念にほどいていくと、最初の結び目は、敬称つけるところから始まっているように思えてきた。
プロとして、1人のエンターテイナーとして作品を世に問うて行くのであれば、まずそれは『裸の自分』すなわち
敬称のない自分を晒すところから始まるのではないかと思うんですよ。
光GENJIの面々にしても、わたしはアイドルであるより前に一人前のエンターテイナーとして、
公平に評価した上で、きちんとした価値を付加できる人たちであると感じているので、
変に容赦する必要はないと思っているのだ。そりゃモチロン街で歩いているところを見つけて、
『あっ、サトウアツヒロだーっ!』って、これは失礼だと思うけどね。
変なことをした時にきちんと批判できる立場のファンでいたいと思います。
ですから、逆を言えばこのサイトで、名前を出す時に敬称のついている人というのは、
私がちょっと評価に関して手心を加えているヒトたちなのかもしれません。(例:『あーあ、××さま、
演技うまいよね・・・。』←この・・・がミソ。)
そうでないにしても、長いこと同人誌などやっておりますと、知り合いの作家さんとかも多くて、
『ああ、あの方あの頃お父さま亡くなられたばかりだったしねぇ』とか事情を知っていて、
作品の出来がその人のほんとうの実力より見合わないものだったとしても、
さっぴいてしまうことも少なくないです。だって友人関係であれば、優れたエンターテイナーで
あるヒトよりも、人間味あふれたヒトとおつきあいできた方が、いいに決まってますものね。
ちょっと面識のある方には、敬称をつけざるを得ないなと、思いもします。実際、まんが家さんには
存知上げている方が多くてものを言いにくい。歯に衣着せるくらいなら言わなきゃいいんだしね。
プロの評論家ではありませんが、衆人の眼に触れる環境でモノを書いている以上、
慎重にはならざるを得ません。ま、至らないこともあるとは思いますが、適宜ご鞭撻を賜り、
寛容に受け止めていただければ幸いです。
愛について
part1
ぜんぜんガラじゃないんだが、敦啓が愛について語るのが好きらしいので
やっぱ『語り』と題したからには愛でしょう。
この世に完全な人間というのはいないのだから、
その不完全さを補うものが愛のハズよね。
って、ケッコンしない理由にしている。
これも打算かな。
愛について
part2
そこにないもの
ないから探して歩くの
いや、逆だな。
愛はもともとあるのに、いろんなモノがジャマしてかくれてる。
ほんとうは、そこにあるもの。
(by佐藤敦啓)
愛の泉
誰もが、こころの奥深いところに、『愛の泉』持っていて、
そこからはこんこんと愛と言う名の水が湧き出ている。
この泉は人によって、水の量も形も深さも違っていて、ひとつとして同じ形のものはない。
(モチロン、目で見ることはできないものだけど)
水の味もすごく違う。おいしい水、甘い水、すっぱい水、辛い水。
栄養がすごくある泉があるかわりに、腐っている泉もある。病原菌がいる泉もある。
一方で、ドラクエの泉みたいに、ケガを癒してくれる泉もある。
この泉は、誰でも一生に1つしか持てないもので、腐ってしまったからって取り替えたりとか、
捨ててしまったりとか出来る物ではない。
人は、何にこの泉の水を使っているかと言うと、
自分の大切な人に、この水を与えて育てているのである。
友人に、恋人に、夫に、妻に、両親に。そして、母親が子どもに。
当然のことだが、この水に病原菌が入っていれば、飲まされた人は身体が弱るし、
栄養のない水で育てられれば、脆弱になる。
売春っていうのは、この泉にドボドボと排泄物を捨てていくことじゃない?
そんな水を、自分の大切な人に、与えられるだろうか。
確かに、水の湧き出る量がすごく多くて、すぐに水をきれいに浄化してしまえる人もいる。
昔は、家が貧ボーだったりとか、ヤムに止まれず売春した人たちがほとんどだった。
そんな人たちは、負けない愛で、一所懸命水を湧き出させて、水をきれいにしていたんだろうと思う。
だけど、今、援助交際している子どもたちは、そこまでの覚悟があるのかな。
泉の水は、涸れるコトだって、あるんだよ。
『愛の泉』って言うと、詩的できれいだけど、
実は、どっちかというと、『おでん』の方が近いんじゃないかな、なんて思っていたりして。
いい味にするために、ダシをとったり、具を入れたり、醤油を足したり、
足りなくなったら、さらに具を足したり。
一生食べつづけるおでんだから、煮込んであった方がよりおいしかったりとかするよね。
見た目、汁が濁ってきてたりとかするんだけどさ。
どんなおでんを、愛する人に食べさせてあげることができるだろうか。
『あたしの勝手でしょ』ってチョコが入ってたら、
たまごっちじゃなくたって、太るよね。 おいしくもないし。
アダルトチルドレンっていう、コトバがはやっているけれども、
このスッパイ水を飲まされ続けて育った人じゃないかと思うのね。
だけど、ある程度の年齢になってくれば、自分のおでんを食べればいいんだよ。
多少、味付けが、親のおでんに似るかも知れないけれど、
じぶんでダシをとって、(勉強して)たまごや、かしわも入れて(仕事をして)
ねりものも入れて(恋愛をして)こんにゃくも入れて(趣味とかね)じぶんのおでんを作るのだ。
おでんは、どんなおでんでも与えりゃいいってモノではないから
どんなおでんを愛するひとに食べさせてあげることができるかが勝負だよね。
栄養があって、おいしくて、ちょうどいい塩梅のおでんだといいよね。
ヲタクについて
今ここに語りのなかま待ってる
HOME PAGE
cocoro(coming soon)
語りの底(coming soon)