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ボタン 介護保険の1年 ボタン

 日本医科大学
教授 竹内 孝仁


1.制度は生きもの
 私事で恐縮だが、私はここ10年にわたり英国のコミュニティケアを毎年20名ほどの希望者とともに研修してきた。それも1つの都市に限定しての継続研修で、これを「定点観測」と密かに自負している。第1回は1992年だから、英国はかの「地域ケア法」が登場し、その実施前年ということになる。

 10年の定点観測を続けてわかったことは、制度はいつまで経っても課題を持ち、その改革と新たな課題、またその改革の連続だということである。この結論は、1回限りの研修でも、1〜2年の長期滞在でも得られず、毎年10日ほどの訪問を飽きもせず続けた成果だと思っている。

 従って介護保険が1年を終え、大小の問題があるのは当然である。おそらく100年経っても、内容にちがいはあれ「問題」はあるだろう。こうした生き物のように正しく認識しておかないと、その場かぎりの評価と提案に終わる。このことを前提にして、1年次の様子を検討してみることにするが、紙数の関係でそのうちの1つだけを取り上げる。


2.地方分権の未成熟
 まず、英国との比較をしても仕方がないと思うものの、どうしても避けて避れないのは「地方分権と介護保険」だろうと思う。

 日本でも地方分権法が成立し、現に市町村を責任者とする介護保険制度が出来たにもかかわらず、肝心の地方自治体が分権を実態化できずにいる、というのが現在のもっとも根本的な問題だろうと考えている。

 市町村がこの保険の責任者として自覚し、運用することが分権そのものであり、このことは、国を見る姿勢から住民に視点を移していくことであり、真に住民の福祉のための制度運用を行っていくことである。
 たしかに要介護認定(介護給付、低所得者対策などで、散発的には自治体独自のいき方を試みる例もないわけではない。
 しかしその試みは、厚労省の見解や通達によってもろくも放棄されてしまうというのが現状である。これは自治体行政が、これまで一貫して"上を見てきた"ことによる。この表現による「下」つまり住民を見て行政を行うことに不慣れなためである。

 地方分権は、いまのところイメージとしては「自治体への分権」にとどまっているが、少しずつ地域分権へ、そして個々の住民主体へと浸透しつつある。これは介護保険が高齢社会の介護に対する社会保険であると同時に、所詮介護問題は本質的に「コミュニティケア」の問題であるからである。コミュニティケアは、地域住民が専門職の手を借りるとはいえ、相互に助け合うかたちのものであり、介護保険サービスはその一部でしかないというところから生まれてくる。あるいはこうもいえる。介護問題にせよ介護保険にせよ、それは「生活支援」であるから、生活共同体たる地域(コミュニティ)の本質的課題であるからである。

 これが同じ社会保険たる医療保険との決定的なちがいだと私は考えている。 たとえば、1人の虚弱な高齢者への見守りは地域の力なくして成り立たない。デイサービスは、住民の手によるミニデイサービスより格段に優れているわけではない。つまり住民によるケアは、専門職や専門施設とあい携えてコミュニティケアの一方の主役として現に存在し、これからも不動の地位にあり続けるだろう。 介護保険でいったんは火が消えかかったかに見える住民活動が、再び燃えさかって来つつあるとの印象を受ける。

 ある都市では、ミニデイサービスを目立支援の介護保険外サービスに限定しようとしたが、介護保険でデイサービスに追いやられた利用者たちが、再びミニデイサービスに回帰しはじめ、介護保険開始以前よりも活況を呈しているところも出てきた。特に痴呆の例でこのことが顕著で、その理由はと聞くと、近くの住民(ボランティア)の方がよほど受容的でよいケアをしてくれるから、という。

 介護保険の2年目、3年目以降は、このような住民活動がますます活発になることだろう。
 さらに、「苦情」という名の利用者の発言も活発化している。要は、国−市町村−地域という上意下達式の構造が、地域や個々の住民の主導権の成長に伴って崩れつつあるというのが現在の潮流だろう。
 問題なのは、自治体そのものが、こうした分権化を正しく受け止めていないところにある。従来の行政の慣行のまま、介護問題の本質を正しく認識せずに、地域や住民を低くみてきたところに、地域の正しい評価、その中での自治体の役割を正しくつかめない現状を生んでいる。このような体質から脱皮して、地方分権とは住民主体のことだと腰を据えてみれば、問題は根本的に新しい姿を見せていくにちがいない。

 介護保険が提起している問題は数多く指摘されているが、サービスの質の問題や人材養成といった現場の課題と同時に、自治体行政そのものも等しく課題を突きつけられており、その最大のものが地方分権の実態化にある。これまでの行政の歴史と体質が、いくつもの波を越えながら住民とのパートナーシップを確立するのは、いったい何年先のことになるのだろうか。

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