総合誌「俳句」 2002年5月号 130〜131頁

俳句の過去と未来(前)

昭和俳句を見直す

「はるかなものを呼び」ドゥーグル・J・リンズィー 昭和46年生

流灯やひとつにはかにさかのぼる 飯田蛇笏

『山廬集』昭7 をりとりてはらりとおもきすすきかな 同 『山廬集』昭7 炎天を槍のごとくに涼気すぐ 同 『家郷の霧』昭31 白樺を幽かに霧のゆく音か 水原秋桜子 『新樹』昭8 鐘楼落ち麦秋に鐘を残しける 同 『残鐘』昭27 荷を負うて秋蓮に影折れにけり 同 『旅愁』昭36 寒鴉歩けば動く景色かな 永田耕衣 『加古』昭9 或高さ以下を自由に黒揚羽 同 『驢鳴集』昭27 天心にして脇見せり春の雁 同 『吹毛集』昭30 降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男 『長子』昭11 あかんぼの舌の強さや飛ぶ飛ぶ雪 同 『火の島』昭14 万緑の中や吾子の歯生え初むる 同 『火の島』昭14 水枕ガバリと寒い海がある 西東三鬼 『旗』昭14(11作) 広島や卵食ふとき口開く 同 『西東三鬼全句集』昭22 まくなぎの阿鼻叫喚をふりかぶる 同 『夜の桃』昭23 菩提樹によりかかりまた月と逢うてゐる 種田山頭火 『草木塔』昭15 うしろ姿のしぐれてゆくか 同 『草木塔』昭15 鐡鉢の中へも霰 同 『草木塔』昭15 もの置けばそこに生れぬ秋の蔭 高浜虚子 『五百五十句』昭18 彼一語我一語秋深みかも 同 『六百五十句』昭30 去年今年貫く棒の如きもの 同 『六百五十句』昭30 海に出て木枯帰るところなし 山口誓子 『遠星』昭22 悲しさの極みに誰か枯木折る 同 『青女』昭25 蟷螂の眼の中までも枯れ尽す 同 『和服』昭30 西日中電車のどこかつかみてをり 石田波郷 『雨覆』昭23 野分中つかみて墓を洗ひをり 同 『雨覆』昭23 白き手の病者ばかりの落葉焚 同 『惜命』昭25 雪夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び 加藤楸邨 『起伏』昭24 猫と生まれ人間と生まれ露に歩す 同 『起伏』昭24 葱抜きしあとのぞきをり僧一人 同 『望岳』平8(昭63作) 乳母車夏の怒涛によこむきに 橋本多佳子 『紅絲』昭26 いなびかり北よりすれば北をみる 同 『紅絲』昭26 雪はげし抱かれて息のつまりしこと 同 『紅絲』昭26 武装して猟師厠を出で来る 田川飛旅子 『外套』昭40 氷る滝に鉄の釘打つ青年たち 同 『薄荷』昭56 窓に雪自分の骨のネガ運ぶ 同 『薄荷』昭56 「私にとっての昭和俳句」

 留学生として初めて来日したのは平成3年のことでした。従って、私にとっての昭和俳句は殆ど慶応大学のクラスの中で出てきたもの、歳時記の上で拝見したもの、そして直接の師匠である須川洋子(キッチンに葱洗はれて新婚なり、朧夜を突く手掴む手気根かな、彼岸まで妹の刻姉の刻)が指導の際に教えてくれたものばかりです。昭和の俳句を一句一句勉強してはいるが、各俳人が描く世界については、楸邨全集を幾度も、秋桜子、飛旅子、兜太などの句集も熟読していたものの、他は初めてでしたので勉強させていただきました。外国の歳時記やアンソロジーには作者名の索引がついているので、それぞれの世界をある程度見ることができます。これから俳句の可能性を真剣に追及する若い世代のためには日本の歳時記でも是非とも作者名の索引を導入して欲しいものです。ちなみに外国人の俳句として次の句に影響を受けました(兵士の棺ラッパ手の影と墓穴へニック・バーギリオ)。

 昭和時代は表現方法や近代的な句材の可能性を探っていた時代だったように感じます。日本の近代化のおかげで、ある程度の新鮮さを常に発見することができたが、平成以降の俳人達には昭和の俳人達よりも大きなチャレンジが待ちかまえているように思います。