NHK俳壇 2001年12月号 44〜45頁

俳句を贈る

-深海の生き物たちへ-

ドゥーグル・J・リンズィー

Dhugal J. Lindsay

(1971年、オーストラリア生まれ。「季刊芙蓉」所属。句集に『むつごろう』)

私たちの持つ海洋生物に関する知識のほとんどは、沿岸域や200mより浅い海域に生息するものに限られてきました。一部の比較的固い深海生物の類(魚やエビなど)は、およそ100年前から網等による捕獲はできていましたが、潜水調査船が開発された30年前からは、新種の生物が次々と発見され、その生態も少しずつ分かるようになってきました。しかしながら、その研究の多くは海底に生息する生物を対象とするものでした。

深海には海底以外にも多くの生物が生息する中・深層と呼ばれる別の世界があるのです。「中・深層」は海底や近底層以外の深海のことをさすのですが、不思議ではかない生物が住む世界です。私は、中・深層にはどのような生物がいて、どのように生活しているのかを研究しています。

「しんかい2000」などの潜水調査船で中・深層を探査していると、最もよく出会う生物はクラゲです。クラゲは海水にも淡水にも生息し、そして何千、または何万種類も存在すると言われていますが、中・深層は全海洋の98%を占め、海洋は地球の表面積の70%を占めていることを考えると、私たちのこの地球はまさにクラゲの惑星だと言えるでしょう。

クラゲの体の98%が水で占められています。そうすることにより有機物をそれほど使うことなく、自分の表面積を増やせます。表面積が大きければ、大きいほど餌と出会う確率が高くなるため、餌の密度が非常に少ない中・深層では優れた戦略です。また、多くの人が地球上で最も長い動物がナガスクジラだとお思いでしょうが、実はそうではなく、クダクラゲの仲間で太さは魔女がまたがるほうきの柄程度ですが、体長40mにも及ぶものが確認されています。対照的に針の先に載せられるほどのクラゲも発見されています。発光するクラゲもいれば、食べた餌の発光が見えないように体が黒くなっているクラゲ、ビーチボール型のクラゲ、また三角型のクラゲも立方体型のクラゲもいるのです。

クラゲの他にはアカイカのようになめらかですばしっこいもの、ソコイワシのようにのんびりとした鈍感なものもいます。中・深層は壁も床も天井もありません。そこに住む生物たちは餌にありつけるまでただ流れに身を任せているものも多いのです。チョウチンアンコウもその一例ですが、そのような生活を送っていると生殖をするための相手にもなかなか出会わないのでえないので、雄が小さな寄生虫となって大きな雌の体にくっついて生活をしています。

このような中・深層の生物に大きな影響を与える要因の一つは、太陽光です。光の強い日中、多くの生物は暗く安全な比較的深い所へ潜っていますが、夜間になると摂餌のため表層に戻ってきます。これらの生物を追いかけて毎日表層と中・深層を行ったり来たりする生物も生息しています。

中・深層に住む生物の中には自ら発光するものもいるので、時には潜水船の窓から蛍の群をでも見ているかと錯覚することがあります。この光は中・深層において重要な役割を果たしています。太刀魚などの捕食者は縦に泳ぎながら、表層から降ってくる光でできる餌のシルエットを探しています。一方、餌生物は腹部の発光器を利用して自分の影を消すことで存在を分かりにくくして敵の眼を欺いたりしています。あるいは、「果報は寝て待て」とばかりに発光するルアーでおびき寄せるという戦略を選んだワニトカゲギス、ユウレイイカ、チョウチンアンコウなどもいます。暗い深海では様々な生物がそれぞれの生き方で一生を送っています。

鮟鱇の吊されて影持ちにけり